pi

円周率

代数幾何を勉強する前に読んだ本

はじめに

以下のようなツイートをしたところ複素解析の勉強にオススメの本を聞かれたので、それに対する返答としてこの記事を書きます。

オススメの本を聞かれたのだが、実際には勧めるほど本を知らないので、代わりに自分が代数幾何というかスキーム論を勉強する前に読んだ本のうちで関係ありそうなものを紹介することにしました。全て学部3年の時に勉強したことです。

Ahlforsの複素解析

東大の数学科では2年の後期と3年の前期に複素解析1, 2という授業がある。1の方は大体Cauchyの積分定理とか留数計算までをやって、2の方はその先の話題。1を受けていた時はそんなに面白いとも思っていなかったのだが(これはそもそもこの時点ではそれほど真面目に数学を勉強していなかったからという理由も大いにあると思う)、複素解析2はめちゃくちゃ面白かった。

特に解析接続周りの話が好きで、学部の演習の授業で解いた問題で唯一覚えているのが、解析接続の一価性定理、いわゆるものドロミー定理の証明。これはかなり頑張って考えて準備して発表した。この辺の話は基本群やホモロジーの概念の萌芽の一つであると思うけど、そういう点で代数トポロジーのようなものに興味を持ったりもした。リーマン面や層の話も授業で出て来て、こういった概念にとても興味を持った。

その授業で指定された教科書がAhlforsの複素解析で、それも割と真面目に読んだ。Cauchyの積分定理のところでは回転数やホモロジーについて書いてあったり、後半では上に述べたような解析接続や層(正確には層空間というべきか)や代数関数の話、あるいは楕円関数の話であったり、最後には超幾何微分方程式にも触れられている。この辺の話題はリーマン面や代数曲線、さらにその先の代数幾何を勉強する上で有用なイメージを与えてくれるように思う。

複素解析

複素解析

KirwanのComplex Algebraic Curves

楕円関数を勉強したもののイマイチなんなのかよくわからないという気持ちがあったけど、それが一気にクリアになったのはこの本を読んだのがきっかけ。学部3年の後期には輪講という科目があって、指定された本から選んで希望するメンバーで自主ゼミをすると単位が出るというもの。上のように複素解析に興味があったこともあって、関連するであろうこの本が指定されていたので友達と読んだ。

この本にもリーマン面やその被覆に関するトポロジカルな性質について、またそれと代数曲線としての代数的な性質との関係について書いてあって、例えばリーマン面の種数というトポロジカルな量と代数曲線の次数という代数的な量の関係などが書かれている。そういうところがとても面白い本だった。RIemann-RochとかRiemann-Hurwitzの証明とかもしていて、代数曲線について基本的で重要な内容は抑えていると思う。

個人的にこの本を読んで最も感動したのはペー関数と楕円曲線、トーラスの関係について。要するにpとp’の関係式が楕円曲線になっていて、群構造もそれで対応しているという話で、Abelの加法定理の証明などもあってめちゃくちゃ面白い本だった。楕円関数についてはっきりわかってとても感動した。結局それがきっかけで楕円曲線を勉強することにして数論幾何をやることになった。

Complex Algebraic Curves (London Mathematical Society Student Texts)

Complex Algebraic Curves (London Mathematical Society Student Texts)

  • 作者: Frances Kirwan
  • 出版社/メーカー: Cambridge University Press
  • 発売日: 1992/02/20
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Atiyah-MacDonaldの可換代数入門

これは有名な本だけど、代数幾何をやるために可換環論を勉強した方がいいということで演習問題を全部解いた。多分冬休みから春休みにかけてかな。可換代数入門だけど練習問題にはスキーム論を意識したというかまあそのままスキーム論の勉強になっているような問題もある。

Atiyah‐MacDonald 可換代数入門

Atiyah‐MacDonald 可換代数入門

終わりに

以上が僕が読んだ本。どれもとても印象深くまた感動的で、だからこそその後数論幾何をやることになったわけですね。他にもきっと色々面白い本があると思いますが、参考になれば幸いです。

保型形式と表現論

この記事は日曜数学Advent Calender 20日目の記事です。まずはじめに投稿が遅れてしまったことをお詫びいたします。

adventar.org

前日19日はa33554432さんの複雑さとは何かを考える - 機械のように今を輝き、少女のようにここを定義せよでした。

先週の記事

unaoya-pi.hatenablog.com

の続編として、Waldspurgerによる定理と相対跡公式を用いた証明を紹介する予定でしたが、予定を変更して保型形式と群の表現がどのように対応するかという話を紹介します。これは定理を理解するためのより基本的な内容です。今後数回にわたって準備を行った後、定理について紹介したいと思いますのでしばらくお付き合いください。

この記事を書くにあたり

高瀬幸一著 保型形式とユニタリ表現 https://www.sugakushobo.co.jp/903342_52_mae.html

を大いに参考にしました。

また、この他に同様の内容が解説されたものでweb上で読めるものとしては、

などがありますのでそちらもご参照ください。

あらすじ

  1. 上半平面上の保型形式 f に対して、群G=GL(2,R)+上の関数φfを対応させます。
  2. このG上の関数φfから、Gの表現πfを作ります。
  3. このGの表現πfがどのように記述されるかを見ていきます。特に、これが離散系列と呼ばれる表現になることを説明します。

保型形式

まず初めに保型形式の定義を復習しましょう。 ここでは保型形式とは、複素上半平面上の正則関数 f で、無限遠でのある種の増大条件を満たし、a,b,c,dが整数でad-bc=1であるものに対して、次のような変換規則を満たす関数のことを言います。

 \displaystyle{f(\frac{az+b}{cz+d})=(cz+d)^nf(z)}

ここで、nは整数で、これを保型形式 f の重さと呼びます。

上で現れたzをaz+b/cz+dに移す変換は複素上半平面の一次分数変換と呼ばれるもので、これはSL(2,Z)の上半平面への作用を表します。

一次分数変換はa,b,c,dが実数でも定義され、それによりSL(2,R)は上半平面に作用します。 この作用で点iがどのようにうつるかを考えると、c=0の場合を考えればa/di+b/dでa/d>0なのが条件であり、上半平面全体をうつり合うことがわかります。

また i を動かさないようなa, b, c, dがどのようなものか考えると、i(ci+d)=ai+bであり、ad-bc=1と合わせるとa=d=cos t, -b=c=sin tとなることがわかります。つまり、直交行列SO(2)に属する行列で i は固定されるということです。このSO(2)を以下ではKと表します。

さらに実は行列式が正であるような2次正方行列全体のなす群であるGL(2,R)+も作用します。ここで行列式が負だと上半平面が下半平面に移ることに注意しましょう。

群上の関数

ここでは保型形式 f に対して群G=GL(2,R)+上の関数φfを定める方法を説明します。

保型形式は上半平面上の関数でしたので、上半平面とG=GL(2,R)+を関係付けます。ここでGは行列式が正の2次正方行列全体のなす群です。

上で見たようにGは一次分数変換により上半平面に作用し、回転行列K=SO(2)を部分群に持ちます。上半平面の点 i を固定する部分群がちょうどこのKに一致し、また i が上半平面全体にうつることから、G/Kと複素上半平面が一致することがわかります。これによりGから上半平面への写像 p が p(g) = giとして定義できます。この写像 p と合成することで、上半平面上の関数 f からG上の関数 fp を定めることができます。

実際には、群Gの性質と結びつけるために、もう少し修正したものを f に対応する関数φfであるということにします。具体的にはどのようにするかというと、

$$ \phi_f(g) = (\det g)^{n/2}\frac{1}{(ci+d)^n}f(gi) $$

として定めることにします。するとこれは

  • Gの中心Zの作用で不変、つまりZの元zに対しφf(gz)=φf(g)
  • SL(2,Z)の作用で不変、つまりSL(2,Z)の元γに対しφf(γg)=φf(g)
  • K作用でδ-n(k)=exp(-inπ)倍、つまりKの元kに対しφf(gk)=exp(-inπ)φf(g)

な複素数値連続関数であることがわかります。これは

  • 中心はスカラー行列であり、det(gz)=det(g)z2であることと、(ci+d)がz倍になること、及び一次分数変換には影響ないこと
  • SL(2,Z)作用はfが保型形式であることから(ci+d)-nと打ち消し合い、det=1
  • det k=1であり、iにはKは作用せず、(ci+d)への作用がexp(-inπ)となる

というところに気をつけて実際に計算することで確かめることができます。ここで保型形式の重さはKの作用の様子に現れていることに注意します。

逆にこの条件を満たすG上の複素数値連続関数 φ に対し、逆の構成として f を定めることができ、これはSL(2,Z)についての最初に見た保型形式と同様の変換規則を満たす関数になります。ただし、この条件だけでは、正則関数であること、無限遠での増大条件の二つは満たされるかがわからないことを注意しておきます。

群上の関数と群の表現(有限群の場合)

群G上の関数に群の表現が定まることについて、ごく簡単な有限群の場合に説明してみます。ここの話は論理的には独立で飛ばして読むことができます。

G上の関数空間にはGが平行移動で作用します。つまり関数fが群Gの元gによって(gf)(x)=f(g-1x)という関数に変換されます。関数空間は線型空間なので、これによってGの線型表現が定まります。

ごく簡単な有限群G={e, g}の場合に考えてみましょう。この群は2点からなる集合で、eを単位元、g-1=gとして群構造が定まっています。このG上の関数はe, gでの値を決めることで決まります。

ベクトル空間としては2次元で、例えばδeをδe(e)=1, δe(g)=0とし、δg(e)=0, δg(g)=1とすることで基底とすることができます。このベクトル空間へのGの作用は、関数f(x)に対してx \mapsto f(g^{-1}x)という関数を与えるものです。従って、

  • (gδe)(e)=δe(g-1e)=0, (gδe)(g)=δe(g-1g)=1
  • (gδg)(e)=δg(g-1e)=1, (gδg)(g)=δg(g-1g)=0

つまりgδeg, gδgeとgがδeとδgを入れ替えるという作用として表現が定まっています。

この基底は表現と相性がよくなく、代わりにχ0egとχ1egという基底を考えましょう。するとこれらはgの作用についてそれぞれ固有値1, -1の固有関数になっています。この基底を考えることで関数空間を表現の直和に分解することができます。

一般にG上の関数 f が与えられたとしましょう。f(e)=a, f(g)=bとすると、f=(a+b)/2χ0+(a-b)/2χ1と分解できます。このことから、a+bとa-bのいずれもが0でない場合にはfがGの表現として関数空間全体を生成し、どちらかが0の場合にはいずれかの既約表現を生成することがわかります。

GL(2,R)+の表現

さて上で見たように、保型形式 f からG=GL(2,R)+上の関数φfを構成することができました。またG上の関数空間には内積が定まり、Gが内積を保って線形に作用するため、この関数φfからGのユニタリ表現が定まります。そこで、この表現がどのようなものか調べてみましょう。

一般的にG= GL(2,R)+のような群Gの表現を調べる方法として、表現そのものではなく、その表現に付随するGのLie環gの表現とGの極大コンパクト部分群Kの表現を用いて調べるという方法があります。GL(2,R)+に対してはgは2次正方行列全体、K=SO(2)です。

この二つの表現に置き換える理由としては、それぞれ

  • コンパクト群の表現は全て有限次元になる
  • Lie環gはそれ自体が線型空間である

ためにGそのものよりは扱いやすいということがあります。実際に、GL(2,R)+の既約ユニタリ表現は、それに付随するgの表現とKの表現を見ることで分類できます。これらについての具体的な計算については以下で見ていきますが、その前にどのような情報を見るのかについて、ここで簡単に説明しておきます。

まずKの表現ですが、Gの表現をそのまま部分群Kの表現とみなすことができます。この表現からK有限というある性質を満たすベクトル全体を集めると、稠密な空間になります。これをKの表現として直和分解することができます。(関数全体から多項式のなす部分を集めてきたようなものだと思ってください。)

上でも述べたようにコンパクト群Kの既約表現は全て有限次元です。特に今回のK=SO(2)の場合、その表現はkに対してその角度θとするとδn(k)=exp(iπnθ)という1次元表現が既約表現全体となります。したがって、与えられたGの表現πをKに制限して、そのK有限部分の既約成分としてどのδnが現れるかを見ることがπの情報を与えます。これを表現のK-typeといいます。

一方でLie環gとはある種の行列のなす線形空間で、かっこ積[X,Y]=XY-YXという演算が定まっています。G=GL(2,R)+の場合にはそのLie環は2次正方行列全体、G=SL(2,R)の場合にはそのLie環は2次正方行列でtrace(X)=a+d=0を満たすもの全体のなす線形空間です。

Lie環gからその普遍包絡環U(g)と呼ばれる非可換な環を構成できます。これはおおよそLie環gの基底を適当にとってそれを変数とする(非可換な)多項式全体を考えるものですが、ここにXY-YX=[X,Y]という関係式を入れておきます。これについて詳しくは後の節で説明します。とりあえずここでは、U(g)にはCasimir元という特別な元Ωがあり、これの固有値が表現についての重要な情報を与えるということ述べるにとどめておきます。

まとめると、Gの表現からその

  • K-type
  • Casimir元Ωの固有値

が定まります。この情報が、Gの既約ユニタリ表現を完全に決定してしまうことがわかっています。そこで、保型形式 f から定まる関数φfについて、そのK-typeとCasimir元の固有値を調べることがこの先の目標になります。

実はK-typeについてはもうすでに計算していて、Kの元kに対しφf(gk)=exp(-inπ)φf(g)となるのでした。つまりここに現れるK-typeはδ-nです。(ただし、生成した表現の中には他にもK-typeが現れます。あくまでもφfというベクトルに対応する既約成分がδ-nであるということです。)

では、この先はLie環の作用がどのようなものであるのかについて詳しく見ていくことにしましょう。

リー環の関数空間への作用

ここではGの表現に付随するLie環gの表現について、具体的な例を計算してみましょう。

一般にG上の関数へのgの作用は次の式で定まります。

$$ Xφ(g)=\frac{d}{dt}(\phi(g\exp(tX))\vert_{t=0} $$

これがどのようなものであるかを簡単に説明しましょう。まずexpは行列の指数関数で、指数関数のテイラー展開

$$ \exp(x)=1+x+\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3!}+\cdots $$

に行列を代入したものとして定義します。すると、これがGの要素になることがわかり、gexp(tX)もGの要素なので、φの中に入れることができます。これをtの複素数値関数とみなし、tで微分した上でt=0を代入するというのが上の式です。

以下ではG=GL(2,R)+について、その群G上の関数であって、

  • Gの中心Zの作用で不変、つまりZの元zに対しφf(gz)=φf(g)
  • K作用でδ-n(k)=exp(-inπ)倍、つまりKの元kに対しφf(gk)=exp(-inπ)φf(g)

という条件を満たす関数について、Gのリー環gの作用を見てみましょう。先ほども見たように保型形式に対応する関数はこの二条件をみたしますので、現在の目的においては特におかしな仮定というわけではありません。

これらの条件をみたすG上の関数については、G全体での様子を知るには

$$ \phi\begin{pmatrix}y & x\\0 & 1\end{pmatrix} $$

のみをみればよいことがわかります。実際、Zの作用で行列式が1の場合にうつすことができ、Kの作用の様子が決まることからSL(2,R)/Kでの様子がわかればよいためです。(上のx, yは上半平面のx+yiに対応しています。)

従ってこの条件のもとではSL(2,R)の表現を見ればよく、Lie環としてもSL(2,R)のLie環sl(2,R)について、その作用を調べれば十分です。さて、sl(2,R)の作用を実際に計算していきます。sl(2,R)の基底として

$$ X_0=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}, X_+=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}, X_-=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix} $$

を取ることができます。今回はこれとは別に

$$ X_0=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}, X_1=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}, X_-=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix} $$

という基底について、これらの関数への作用を計算してみます。

まずX0の作用です。 指数関数と三角関数のTaylor展開を思い出すと、

$$ \exp(tX_0)=\begin{pmatrix}\cos t & -\sin t \\ \sin t & \cos t\end{pmatrix} $$

であることがわかり、これはKの要素です。従って、上の関数のK作用についての条件から

$$ \phi(g\exp(tX_0))=\frac{d}{dt}(\delta_{-n}(k(t)))\vert_{t=0}\phi(g)=\frac{d}{dt}(\exp(-int))\vert_{t=0}\phi(g)=-in\phi(g) $$

となります。つまりX0φ=-inφです。

次にX1の作用です。 $$ \exp(tX_1)=\begin{pmatrix}1&t\\0&1\end{pmatrix} $$ であるので、 $$ \begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}\exp(tX_1) =\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&t\\0&1\end{pmatrix} =\begin{pmatrix}y&yt+x\\0&1\end{pmatrix} $$ であり、これを用いてd/dtφ(gexp(tX_1)|t=0を計算しましょう。 合成関数の微分により $$ X_1\phi(\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}) =\frac{d}{dt}\phi(\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}\exp(tX_1))\vert_{t=0} =y\frac{d}{dx}\phi(\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}) $$ となる。

最後にX-の作用を計算しましょう。 $$ \exp(tX_-)=\begin{pmatrix}e^t&0\\0&e^{-t}\end{pmatrix} $$ であり、 $$ \begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}\exp(tX_-) =\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}e^t&0\\0&e^{-t}\end{pmatrix} =\begin{pmatrix}e^ty&xe^{-t}\\0&e^{-t}\end{pmatrix} =e^{-t}\begin{pmatrix}e^{2t}y&x\\0&1\end{pmatrix} $$ となります。 ここで関数がZ不変であることを用いると $$ X_-\phi(\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}) =\frac{d}{dt}\phi(\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}\exp(tX_-))\vert_{t=0} =\frac{d}{dt}(\phi (\begin{pmatrix}e^{2t}y&x\\0&1\end{pmatrix})\vert_{t=0} =2y\frac{d}{dy}\phi(\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}) $$ となります。

普遍包絡環とCasimir元

上の計算を踏まえてCasimir元Ωの作用の様子を計算します。その前に普遍包絡環U(g)について簡単に紹介します。

gは有限次元の線型空間で、その基底を例えばX, Y, Zとします。これを変数とする非可換な多項式全体を考えます。例えばXY, ZX+YX, X3+Y2+Z+1などです。ここでXYとYXはこの時点では等しくないということに注意してください。

ここでこれらが可換になるような関係式を入れると、これは通常のn変数の多項式全体になります。一方で、U(g)を定めるためにはXY-YX=[X,Y], XZ-ZX=[X,Z], YZ-ZY=[Y,Z}という関係式を入れます。言い換えるとXY=YX+[X,Y]などが成り立つということです。ここで、[X,Y]はLie環gの元なので、適当にX, Y, Zの1次式として表されています。[X,Y]=XY-YXだったから何かおかしな感じがすると思いますが、ここではU(g)の多項式としての積XYとgの行列としての積XYを混同しないように注意してください。

これは実際には取り方に依存せずに定まる非可換な環になります。これをgの普遍包絡環といい、U(g)と表します。

Casimir元ΩはU(g)の中心に属します。ここで中心であるとは、全てのU(g)の元Xに対してΩX=XΩとなることをいいます。このようなΩについては次のようなよい性質があります。Ωの固有ベクトル f があった時、他のU(g)の元XでfをうつしたXfを考えます。すると、Ωが中心に属することから、 $$\Omega Xf=X\Omega f=Xkf=kXf$$ となり、fとXfはΩに関する同じ固有値の固有ベクトルになります。

sl(2,R)の基底として

$$ X_0=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}, X_+=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}, X_-=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix} $$

をとってみましょう。交換関係は単純な行列の計算[X,Y]=XY-YXにより、

  • [X0,X+]=-2X-
  • [X0,X-]=2X+
  • [X+,X-]=2X0

となることが確かめられます。

さらに

$$ \Omega=-\frac{1}{8}(X_0^2-X_+^2-X_-^2) $$ とすると、これがU(g)の中心に属します。このΩをなぜそのようにするとうまくいくのかは置いておいて、実際にΩがU(g)の中心に属することを計算して確かめて見ましょう。

U(g)での積の交換関係はXY-YX=[X,Y]でした。このことから、 $$ XY^2=XYY=(YX+[X,Y])Y=YXY-2ZY=Y(YX+[X,Y])-2ZY=Y^2X-2YZ-2ZY $$ $$ XZ^2=XZZ=(ZX+[X,Z])Z=ZXZ+2YZ=Z(ZX+[X,Z])+2YZ=Z^2X+2ZY+2YZ $$ と計算できます。従って $$ XΩ-ΩX=\frac{1}{8}(X^3-XY^2-XZ^2)-\frac{1}{8}(X^3-Y^2X-Z^2X)=0 $$ であり、YΩ-ΩYやZΩ-ΩZについても同様に0であることが確かめられます。

Lie代数や普遍包絡環については、Naughieさんによるこちらもご覧ください

Lie 代数と量子群 –Naughie's Advent Calendar

保型形式に対応する表現

改めて、保型形式に対する関数から定まる表現がどのようになるかについて、ここまでの話をまとめます。

保型形式fから定まる関数φf

$$ \phi_f(g) = (\det g)^{n/2}\frac{1}{(ci+d)^n}f(gi) $$

と定めます。するとこれはZ作用、K作用について

  • Gの中心Zの作用で不変、つまりZの元zに対しφf(gz)=φf(g)
  • K作用でδ-n(k)=exp(-inπ)倍、つまりKの元kに対しφf(gk)=exp(-inπ)φf(g)

という性質を満たします。ここへのLie環gの作用、特にCasimir元の作用を計算します。

$$ X_0\phi(g)=-in\phi(g) $$ $$ X_1\phi(\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}) =y\frac{\partial}{\partial x}\phi(\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}) $$ $$ X_-\phi(\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix})=2y\frac{\partial}{\partial y}\phi(\begin{pmatrix}y&x\\0&1\end{pmatrix}) $$

となることはすでに見ました。さらにW+=X0+2X1+iX-とおくと、これの作用は

$$ W_+\phi_f=(X_0+2X_1+iX_-)\phi_f=2y^{(n+2)/2}(\frac{\partial}{\partial x}+i\frac{\partial}{\partial y})f $$

となることが確かめられます。これはいわゆるCauchy-Riemann方程式で、fが正則関数であることとこれが0になることが同値です。fは保型形式でこれは正則関数なのでW+φf=0となることがわかります。

さらに、W-=X+-iX-とすると Ω=-(X02-W-W++2iX0)/8と計算できるので、

$$ \Omega\phi_f=-\frac{1}{8}(X_0^2\phi_f-W_-W_+\phi_f+2iX_0\phi_f) =-\frac{1}{8}(-in)^2\phi_f+0+2i(-in)\phi_f)=-\frac{1}{8}(n^2-2n)\phi_f $$

となります。つまり、φfはΩについての固有値(n2-2n)/8の固有関数であることがわかります。 さらにk\phi_f=\delta_{-n}(k)\phi_fであることも確かめました。

以上のことから、f に対応する表現はK-typeにδ-nをもち、Casimir固有値が(n2-2n)/8となります。表現の分類を見ることでこの表現は反正則離散系列表現π-nであることがわかります。

ここまでが、この記事で紹介したかったお話です。離散系列表現を誘導表現として構成する話や離散系列表現以外のSL(2,R)やGL(2,R)の表現についてはまた日を改めてご紹介しようと思います。

次回予告

今回は保型形式からSL(2,R)やGL(2,R)+といった実Lie群の表現を作るという話をしました。保型形式の重要な性質として、そのHecke作用素による作用、Fourier係数、L関数などがあります。これらを表現論的に捉えるには、保型形式を実数成分の行列ではなくアデール成分の行列の表現として捉えることが必要になります。次回はこの辺りの事情についてご説明いたしますのでお楽しみに。

D-prestackについて

この記事はCategory Theory Advent Calendar 2018の19日目の記事です。

adventar.org

derived algebraic geometryというものがあり、それについて勉強しようと思ったので、その入り口のところであるToenによるD-prestackについてまとめます。実際にはModel圏についての必要な事柄をHirschhornのModel Categories and Their Localizationsに沿ってまとめるというのがこの記事の主な内容です。なお、ところどころよくわかってないところがあり、そこは説明していませんのでご注意ください。

参考文献は

の二つです。

D-prestack

derived algebraic geometryでは、commutative dg k-algebraの圏のopないしcommutative simplicial k-algebraの圏のop上のsimplicial setの圏SSetなりに値を持つ関手のうちで性質のよいものを扱います。性質のよいというのは、例えば適当な位相で層になるなどです。代数幾何ではschemeはk-algopからSetに値を持つ関手で適当な位相で層になったり、stackはk-algopからGroupoidに値を持つ関手で適当な位相で層になったりします。これの定義域と値域を共に広げることで、いろんなことができるようになっていろんな問題が解決するそうですが、何も知らないのでこれ以上は説明しません。

ひとまず今回の記事に使うことととしてSSetにはモデル圏の構造が入り、それを用いて小圏CからSSetへの関手の圏SSetCにもモデル圏の構造が入ります。C=cdgaopとかcsaopとかに対し関手圏にこのモデル圏を入れ、適当な射のクラスでleft Bousfield localizationしたものがD-prestackの圏というものになります。このことを以下で説明します。

D-prestackの定義

まずはToen-Vezzosiに沿ってD-prestackの定義を説明します。以下ではcommutative dg k-algebraの双対圏をDaffと書きます。

SPr(daff)はDaff \to SSet全体の圏であり、ここにsimplicial model structureが入ります。関手圏にモデル圏構造を誘導する話については、次節に説明します。このモデル圏構造はその定め方からweak equivalence及びfibrationがobject wise、すなわちF:Daff \to SSetがweak equivalence(またはfibration)であることは、各xについてFxがweak equivalence(またはfibration)であることです。

CDGAの射f:a \to bがあれば、それが表現する関手の射f:h_a \to h_bが存在します。これら全体を集めた射のクラスをSとします。

TV, Definition 2.1 Model category of D-prestackとは、モデル圏SPr(daff)をSでleft Bousfield localizationした圏のことをいう。これをDaff^と書く。

Bousfield localizationの一般論からD-prestackの特徴づけを行います。

これのfibrant objectは次のように記述できます。 F:Daff \to SSetであって、

  1. 任意のDaffの(fibrantな?)対象xに対してFxはfibrant
  2. 任意のCDGAの射u:x \to yがquasi-isomorphismならFyはweak equivalence

を満たすもの。ここで1の仮定にxがfibrantであることが必要だと思うのですが、文献では課されていません。このことから、Ho(Daff^)はHo(SPr(Daff))の中でDaffのquasi-isomorphismをSSetのweak equivalenceに送るもののなす充満部分圏に自然に同一視できる。

TV, Definition 2.3 Daff^のobで任意のCDGAのquasi-issomorphismをSsetのweak equivalenceに送るものをD-prestackと呼ぶ。

ここはBousfield localizationの一般論で、次々節で紹介します。

普通のprestackでは単に関手を考えればよいはずですが、ここでは一度localizationしないといけないというところが違うようです。なぜこういう違いが表れるのかはまだ僕にはわかっていません。

SPr(daff)のモデル圏構造

上でSSetのモデル圏構造からSSet値関手圏にモデル圏構造を誘導しましたが、ここではその方法について簡単に説明します。ここはHirschhornを参考にしています。

これは一般論として次の命題があります。

H, Theorem 11.6.1. Cを小圏としMをcofibrantly generatedなモデル圏でIをgenerating cofibrationでJをgenerating trivial cofibrationとする。この時、MCにもcofibrantly generatedなモデル圏構造が入る。FCIがgenerating cofibrationでFCJがgenerating trivial cofibrationであり、またweak equivalenceとfibrationはobjectwiseである。つまり、F:C \to Mがweak equivalenceであることは任意のx \in CでFxがweak equivalenceであること、fibrationについても同様。

これの証明は

  1. MCdiscにモデル圏構造を入れる
  2. 忘却関手MC \to MCdiscの左随伴の記述
  3. 随伴関手からモデル圏構造の誘導(Kanの定理)

の三つからなります。

1について。 まずMCdiscにモデル圏構造を入れます。これは単にMの直積なのでそのまま成分ごとに入れればよいです。 これの生成系として、x \in Cに対してMCdiscの射の集合をI \times (\prod_{x \neq y} 1)、つまり自然変換のx成分がIでそれ以外が始対象の恒等射であるものをとり、これをxについて和を取ったものがgenerating cofibrationで、Jについても同様です。

2について。 次に忘却関手MC \to MCdiscの左随伴を作ります。これはいわゆる関手に対する自由関手の構成です。X:Cdisc \to Mに対してFX:C \to Mを\coproda \in CXa \otimes Fa*とします。 Fa*は関手C \to Setでb \mapsto C(a,b)であり、g \mapsto (h \mapsot gh)で定まるもので、SをSetでXを適当な圏Dの対象とした時X \otimes SはXのS添字の直和でDの対象、SをC \to SetでXを同様にした時、X \otimes SはC \to Dで(X \otimes S)a = X \otimes Saで定まるもの。つまりFXb = \coproda Xa \otimes C(a,b)で射は後ろに合成する。 すると、これは忘却関手の左随伴であることが確かめられます。

3について。 随伴F:M \to NとU:N \to MがあればMのモデル圏構造からNのモデル構造を誘導できるというKanによる定理を使います。この定理の仮定として、small object argumentを使えるか確かめる必要がありますが、この辺はまだ理解してないので今回は割愛します。 この時、誘導されたNのモデル圏構造はFIをgenerating cofibrationとしFJをgenerating fibrationとします。

上の定理と同様にMがsimplicial cofibrantly generated model categoryである場合に、MCをsimplicity model categoryにすることができるというのが[H, Theorem 11.7.3]です。実際はこれを使っています。

Left Bousfield localization

ここではBousfield localizationについて、[H]に従って説明します。

まずBousfield localizationとは何かというと、モデル圏Mについて、その射のクラスSを与えた時に、対象がMと同じでSに属する射が全て可逆となるようなモデル圏の中で普遍的なものを作る構成です。

ここで普遍性は次のような性質を言います。[H, Definition 3.1.1., Theorem 3.3.19]

left Quillen functor j:M \to LSMについて、そのtotal left derived functor Lj:Ho(M) \to Ho(LSM)はCの要素を可逆な射に写し、これを満たすようなleft Quillen f:M \to Nに対して一意的にleft Quillen d:LSM \to Nが存在する。

構成は[H, Definition 3.3.1]で与えられます。

Model category (M,W,C,F)とSを射のクラスとする。 xがS-localとは

任意のf:A \to B \in Sについてf*:map(b,x) \to map(a,x)がweak equivalenced

であることを言います。

g:x \to yがS-local equivalenceとは

任意のS-local zに対し、g*:map(y,z) \to map(x, z)がweak equivalence であることです。

ここでmapはhomotopy function complexというsimplicial setなのですが、詳細はよくわかってないので割愛します。

W_SをS-local equivalence全体とし、F_SをW_S \cap Cに対しRLPを持つもの、Cは元のCと同じとします。 この時(M,W_S,C,F_S)をleft Bousfield localizationといいLSMと書きます。

さて、LSMにおけるfibrant objectの特徴づけとして、

H, proposition 3.4.1. Mがleft properであるとき、xがLSMのfibrant objであることとxがMでS-localであることが同値

上の命題の証明を以下で行います。

まずxがLSMのfibrant objectの時にMでS-localであることを示します。 これはQuillen pair 1:M \to LSM:1が存在し、3.1.6によりxがS-localであることがわかります。

逆に、xがS-localと、これがLSMでfibrant objectである、つまりx \to 1がLSMでfibrationであることを示します。LSMの構成で、fibrationはWS \cap Cに対してRLPを持つものでした。よって、f:y \to zがMのcofibrationでS-local equivalenceならx \to 1がiについてRLPを持つことを言えばよいです。

このことを

  1. fのcosimplicial resolution f~:y~ \to z~であってReedy cofibrationであるものをとれる
  2. x \to 1がf~0についてRLPを持つ
  3. x \to 1がfについてRLPを持つ

という三つのステップに分けて証明します。

1について。 まずyのcosimplicial resolution y~とは、cosimplicial objectのなす圏MΔにおけるconstant object ccyのcofibrant approximationです。xのcofibrant approsimationとはx~がcofibrantでi:x~ \to xがweak equivalenceであるような(x~,i)のことを言います。つまり、y~ \to ccyがweak equivalenceでy~がcofibrantです。zについても同様にとり、さらに射を持ち上げることで、f~を構成します。

さらに16.1.22ではそのcosimplicial resolution f~をReedy cofibrationであるように取ることができることを主張します。cofibrationでなくてtrivial cofibrationであることが必要ですが、これは16.1.24を使います。このことからf~0がS-localであることを言いたいのですが、ここではMに対してではなく、LSMに対して定理を用いる必要があります。

[H, Theorem 15.3.4]によりMΔにReedy model structureを入れることができます。これはΔのような適当な条件を満たす圏からの関手圏MCに定まるもので、Reedy cofibrationとは任意のa \in Cについてrelative latching map X_a \amalg_{L_aX}L_aY \to Y_aがMのcofibrationであるようなものです。 ここでL_aXやR_aXはaやXやCの構造から定まる適切なcolimitとlimitです。

2について。 ここではp:x \to 1がf~0についてRLPを持つことを示します。

f~0がS-localであるのでhomotopy function complexに

  • weak equivalence f~0*:map(z~,x) \to map(y~,x)
  • weak equivalence f~0*:map(z~,1) \to map(y~,1)

を誘導し、このことから(f~0,p)がhomotopy orthogonal pairである、 つまりmap(z~,x) \to map(z~,1) \to map(y~,1)とmap(z~,x) \to map(y~,x) \to map(y~,1)がhomotopy fiber squareであることがわかります。 (これはmap(z~,1) \to map(y~,1) \gets map(z~,x)のhomotopy pullbackへのmap(z~,x)からの射がweak equivalenceであるということで、weak equivalenceのhomotopy pullbackがweak equivalenceあること及び2outof3からわかる)

さらに、f~0がcofibrant objectの間のcofibrationで、pがfibrant objectの間のfibrationで、(f~0,p)がhomotopy orthogonal pairなので17.8.9によりp:x \to *はf~0についてRLPを満たすことがわかります。

3について。 x \to 1がfについてRLPを持つことを示します。Mがleft properであることを使うと

  • 取り方からfはMでcofibration
  • 16.1.5からf~がcosimplicial resolutionであることからf~0はfのcofibrant approximation
  • すでに見たようにx \to 1はf~0についてRLPを満たす
  • 定義からx \to 1はMでfibration

なので、13.2.1よりx \to 1がfについてRLPを持つことがわかります。

以上でこの記事の内容は終わりです。モデル圏についての理解が整理しきれていないので、いずれその辺りを補いたいと思います。

Bessel関数の関係式

こちらは以下の日曜数学Advent Calendar 2018の13日目の記事です。昨日はSeiichi Manyamaさんの仕事の部屋: 181212でした。

adventar.org

この記事では、最近勉強しているBessel関数と表現論の関係についてBaruchとMaoの論文*1に沿って紹介します。

まずはじめに導入として微分方程式とLie群の表現論がどのように関係するかについて、ごく簡単な具体例を通して説明します。その後Bessel関数とSL(2,R)やPGL(2,R)の表現との関係を説明し、Bessel関数の関係式を通した表現の間の関係について説明します。

このような機会をくださったtsujimotterさんに感謝します。

Lie群の表現と微分作用素

簡単なLie群としてG = SO(2) = S1の場合を考えましょう。 SO(2)は二次元の回転を表す行列全体のなす群で、局所的な座標として角度 θ を取ることができ、またこれは多様体としては円周です。

この場合、Lie環は微分作用素X=d/dθを基底とする一次元空間です。このXはG上の関数 f に微分として

Xf(θ) = df(t+θ)/dt|t=0 = f'(θ)

のように作用します。

このXについての固有関数を求めましょう。つまりXf = kfとなる関数です。 Xf = f' = kfを満たす関数は指数関数 exp(kθ) であり、これが円周上の関数を定めることからその固有値 k は 2πi の整数倍になります。これを fn と書きましょう。つまり

fn(θ)=exp(2πinθ)

です。

これはG上の関数ですが、この関数がGの平行移動により一次元表現を定めます。実はGの既約表現はこのような一次元表現に限り、また固有空間も一次元であることがわかります。 このことを用いて、指数関数の加法定理を導いてみましょう。 fnとfmの積を考え、それにXを作用させます。 Xの作用はLeibnitzルールを満たすので、次のように計算できます。

X(fnfm)=(Xfn)fm+fn(Xfm)=2πinfnfm+2πimfnfm=2πi(n+m)fnfm

したがって、fnfmはXについて固有値2πi(n+m)の固有関数であることがわかり、上で述べた固有空間が一次元であることから初期値に関する条件を加味してfnfm=fn+mであることがわかります。

つまり

exp(2πin)exp(2πim) = exp(2πi(n+m))

であり、これはまさに指数関数の加法定理です。

この例では指数関数(あるいは三角関数)という特別な関数について、その微分作用素の固有関数として表現論と結びつけ、加法定理のという関数の性質を表現論を通して解釈するということをしました。

より一般の群に対しても、ある種の微分方程式の解となる関数について、その性質を表現論的な性質と結びつけて理解することができます。そのような関数の例としては特殊関数として親しまれている超幾何関数や球面調和関数などがあり、この記事で紹介するBessel関数もそのような表現論と結びつく関数の例です。

Bessel関数

Bessel関数とは、以下のBessel方程式の解である関数です。

 {\displaystyle
\frac{d^2}{dx^2}y+\frac{1}{x}\frac{d}{dx}y+(1-\frac{a^2}{x^2})y=0
}

この微分方程式は例えば三次元のLaplacianを円柱座標系に変換し、その動径方向の方程式として現れるもので、応用上も重要な関数として様々な性質が調べられているものです。

このBessel関数のFourier変換について、次のようなWeberとHardyによる結果があります。

x-1/2Jk(4πx1/2)のFourier変換はx-1/2Jk/2(π/x)に適当に指数関数を掛けたもの

さて、上で指数関数がSO(2)の表現と結びついたように、このBessel関数はSL(2,R)やGL(2,R)の表現と結びつけることができます。このことについては以下で順に説明していきます。

特に、上のWeberとHardyの結果で現れたBessel関数については、一方のBessel関数がPGL(2,R)の表現と結びつき、他方がSL(2,R)の二重被覆の表現と結びつくことがわかります。

したがって、このWeber-Hardyの関係式からPGL(2,R)の表現とSL(2,R)の二重被覆の表現との間の対応が記述できます。このことを紹介するのがこの記事の目的です。

Bessel関数とBessel超関数

以下ではG=PGL(2,R)とし、SをSL(2,R)の二重被覆とします。

Gの表現πに対してBessel超関数と呼ばれるG上の超関数 Iπ を定義するのですが、これはWhittakerモデルなどを用いて定義するもので、まだあまりきちんと理解していないのでここではどのような性質を満たすのかを紹介するにとどめます。Sの表現σに対しても同様にS上の超関数 Jσを定めます。

まず Iπ はG上の超関数なので、G上の関数 f に対して複素数 I(f) を与える線形写像です。群GがG上の関数空間に作用することから、超関数にも作用します。この作用について Iπはいくつかのよい性質を満たしますが、特に

IπはCasimir元という特別な微分作用素に対する固有超関数

になります。

Bessel関数とBessel超関数の関係を述べるために軌道積分というものを用います。軌道積分については詳しくは紹介しませんが、与えられた関数 f や f' をGやSのある部分群で積分したもので、これをOfのように表します。この軌道積分は表現には一切依存せず、これ自体も群G上の関数になります。Bessel関数とBessel超関数の関係を軌道積分を用いて

{\displaystyle I_\pi(f) = \int O_f(x) i_\pi(x) dx}

のように表すことができます。ここで現れた関数 iπがBessel関数です。このBessel関数自体はG上の関数です。

Bessel超関数 IπがCasimir元の固有超関数になるという性質を具体的な微分作用素の言葉で書くことで、Bessel方程式が現れます。SL(2,R)のLie環はH, X, Yという三つの元で生成され、Casimir元はこれらを組み合わせて定まる微分作用素です。今回のBessel関数のような対角行列上の関数にはHの作用がおおよそ微分に対応するものです。

つまり、Bessel超関数が固有超関数であることと、Bessel関数がBessel超関数を表現するということから、

Bessel関数 iπがBessel方程式を満たし、古典的なBessel関数とこの表現論的なBessel関数が一致する

ことがわかります。Bessel方程式のaの部分が、表現に依存する部分です。古典的なBessel関数は一変数関数でしたが、上の iπ をGの対角行列(SLやPGLでは一次元です)上の関数とみなすことで古典的なものが現れます。

Bessel関数の関係式

はじめに紹介した古典的なBessel関数のWeberとHardyによる関係式を表現論で解釈することができます。

Gの表現πやSの表現σはそれぞれあるパラメータs, tで分類されます。これは始めに紹介したSO(2)の表現が整数nで記述できたのと同様です。このパラメータsやtは例えばCasimir作用素の固有値などに関係するものです。SO(2)の場合と違って、パラメータは整数以外の値も取り、また表現は無限次元になります。

上で述べたように、Gの表現πsに対してそのBessel超関数 Iπ とBessel関数 iπ が、またSの表現σtに対してそのBessel超関数 Jσ とBessel関数 jσ がそれぞれ定まります。

この二種類のBessel関数は、

表現πとσのパラメータsとtを適切に決めることで上のWeber-Hardyの関係に現れるBessel関数になり、このことからBessel関数 iπ と jσ の関係式を証明する

ことができます。

Bessel超関数の関係式

さらに、これらのBessel関数が定めるBessel超関数についても対応があるというのが、この論文の主定理です。超関数はそれぞれG上の関数 f に対して複素数値 I(f) を、S上の関数 f' に対して複素数値 J(f') を与えるものです。これらの異なる定義域を持つ超関数の関係をいうために、G上の関数とS上の関数の対応を決めなければなりません。

前にBessel関数とBessel超関数の関係を記述するために、軌道積分を用いました。ここでも二つの異なる群上の関数を対応づけるため、軌道積分を用います。

G上の関数 f とS上の関数 f' が対応するとは、f のある軌道積分O(f)と f' のある軌道積分O(f')が適切な関係式を満たすこと

Bessel超関数はBessel関数と軌道積分を用いて書くことができました。このこととBessel関数の関係式を組み合わせることで、この記事の主定理を証明することができます。

定理*2

G上の関数fとS上の関数f'が上の軌道積分の意味で対応する関数であり、Gの表現πとSの表現σが前に与えたパラメータの意味で対応する表現とする。このとき、これらのBessel超関数の間に次のような関係式が存在する。

{ \displaystyle
I_{\pi, \psi}(f) = \frac{\epsilon(\pi, 1/2, \psi)\lvert 2D\rvert^{1/2}}{L(\pi, 1/2)}J_{\sigma,\psi^D}(f)
}

おわりに

この記事ではPGL(2,R)の表現 π のBessel超関数 IπとSL(2,R)の二重被覆の表現 σ のBessel超関数 Jσ の関係を紹介しました。ところで、保型形式からこれらの群の表現が定めることができます。そこで、この記事で紹介した超関数の関係を応用してPGL(2,R)の保型形式(普通の上半平面の保型形式)とSL(2,R)の二重被覆の保型形式(半整数ウェイトの保型形式)についてのある関係を導くことができます。それについてご紹介するのが来週20日の日曜数学Advent Calenderの記事です。お楽しみに。

unaoya-pi.hatenablog.com

*1:E. M. Baruch and Z. Mao. Bessel identities in the Waldspurger correspondence over the real numbers. Israel J. Math., 145:1–81, 2005.

*2:Theorem 19.4

Landau-Ginzburg modelについて

はじめに

この記事は数理物理Advent Calender

adventar.org

の1日目の記事です。

多くの方にご登録いただきまして、ありがとうございます。まだ空いている日にちがあるので、ご興味ある方はぜひご寄稿ください。僕も余裕があれば追加の記事を書きたいと思っています。

さて、以前よりミラー対称性に興味がありながらなかなか勉強する機会がなかったのですが、いい機会なので少し勉強してみました。まだ勉強を始めたばかりなので、定義や定理の詳細については全く説明できません。また数理物理といいながら物理の話は全くできませんので、その点についてはご容赦ください。

ミラー対称性とは

ミラー対称性についての漠然とした認識として、何らかの幾何的対象のペアXとYがあって、相互のA-side A(X), A(Y)とB-side B(X), B(Y)という二種類の幾何学が入れ替わって対応するというものがあります。つまりA(X)=B(Y)でB(X)=A(Y)となるという感じです。

ここで二つの幾何の同値性としては、何らかの幾何的な不変量の一致によって特徴付けます。不変量としては、例えば何か関数であったり、適当な代数構造であったり、圏であったりといったものを考えます。このように色々なバリエーションがあり、またそれら相互の間に関係があると考えられています。

幾何的対象XやYとしては例えばCalabi-Yau多様体であったり、Fano多様体であったり、Landau-Ginzburg modelがあり、対応もLandau-Ginzburg modelとCalabi-Yauであったり、Fanoであったりが対応するというものもあります。

この記事で扱いたいのはLandau-Ginzburg modelという幾何的対象で、これについてA-sideの不変量であるFJRW-theoryについて簡単に紹介することが目的です。

Landau-Ginzburg model

Landau-Ginzburg model(以下ではLG-modelと略記します)とは、X=(M,W)でMは適当な多様体でWはM上の関数です。MとしてCnをしばしば考えます。特に写像Wの0での逆像W-1(0)が孤立特異点を持ち、アーベル群GはWの対称性を表します。Mを省略してX=(W,G)と書いたりします。

cohomological Field Theory

cohomological Field Theoryの代表的な例としてGromov-Witten theoryがあります。 ここではまずそれについて簡単に説明します。

Xを適当な空間としMg,kを曲線のモジュライ、Mg,k(X,b)を曲線からXへの射で像のホモロジー類がbであるもののモジュライとします。 Mg,k(X,b) \to Mg,kおよびMg,k(X,b) \to Xが自然に定まり、これを用いてGromov-Witten classというMg,kのコホモロジー類を定めます。

これはvirtual fundamental classというV=[Mg,k(X,b)]vir \in H(Mg,k(X,b),C)を用いた交点積p*(\prodI evi(vi) \cap V) \in H(Mg,k,Q)です。この基本類との積は通常の状況だと数え上げをしているというふうに解釈でき、Xで各viと交わりホモロジー類がbと一致する曲線の数を数えるというものになりますが、実際には修正が必要でvirtual classを考えることになります。

これがKontsevich-Maninによるcohomological field theoryの公理を満たします。この公理はMg,kに対する種々の幾何的公理について上で構成したGW-classが整合的であるというもので、具体的には点の入れ替えや曲線の結合などで定まるMg,kたちの間の写像がコホモロジーH(Mg,k)に誘導する射でGW-classたちがうつりあうというものです。

詳しくは例えばこちらをごらんください。

https://arxiv.org/pdf/1712.02528.pdf

FJRW-theory

さて、上で紹介したGW-theoryは例えばCalabi-Yau多様体Xに対するA-sideの不変量A(X)ですが、LG-modelに対するA-sideとしてFJRW-theoryというものがあります。これは上のGW-theoryと同様にcohomological Field Theoryなのですが、このFJRW-theoryがどのようなものか簡単にみてみたいと思います。

まずstate spaceとして、GW-theoryではXのコホモロジーを用いましたが、今回は(W,G)から定まるrelative Chen-Ruan cohomology HCR([CN/G], W\infty)を使います。ここで[CN/G]はquotient stackでW\inftyは十分大きな実数M>>0に対する(M,\infty)のRe(W)による逆像です。

次に、GW-theoryでは安定曲線のmoduli Mg,kを考えていたのですが、ここでは代わりにW-曲線の moduli Wg,kW,Gを考えます。これはより正確には(C,p,P,k)のmoduliで

  • (C,p)は種数gのk点付きorbicurve
  • (P,k)は\Gamma-structure

です。 ここで\GammaとはWとGから適切に定まる(C^*)Nの部分群で、\Gamma-strとは

  • C上のある性質を満たす主\Gamma束P
  • Pを\zeta:\Gamma \to Cxで押し出した\zeta*Pと\omegalog,Cの主Cx束としての同型

です。 このmoduliから曲線の成分を取り出すことでMg,kへの射が定まります。

またGW-theoryでは写像のmoduliの上にvirtual classを定め、これを用いてGW-class in H(Mg,k(X,b),C)を定めました。今回はvirtual classをH(W) \otimes HCRに定め、これとの交点積を同様にとり、さらに曲線のmoduliにpushoutすることによってHCRからFJRW-classを定めます。

このようにして定義される構造がcohFTの公理を満たすことが証明され、これがLG A-modelの不変量になります。実は上で出てきたGW-theoryとFJRW-theoryを結びつけるLG/CY対応というものがあるのですが、今回は割愛します。

FJRW-theoryに関しては以下のsurveyが参考になります。

https://arxiv.org/pdf/1503.01223.pdf

Witten予想

FRJW-theoryから、その母関数を定義することができ、それがKdV階層の\tau関数であることが証明されます。LG-modelにおいてW-1(0)は孤立特異点を持ちますが、この特異点が最も単純なA_1型の場合がKontsevichにより解決されたWitten予想です。

LG B-model

じゃあB-sideは何なのか。Milnor ringとかSaito-Givental-theoryとかmatrix factorizationとかsingularity categoryとかがあるようなんですが、この辺の詳細を僕がまだわかっていません。またわかったところで続きを書くということで今日のところは終わりにしたいと思います。

この記事について誤りや疑問点などあれば、お気軽にコメントください。

数学について話す会

先日、数学について話す会というのを開催した。

数学について話す会

当日の様子は松森さんにまとめていただきました。

togetter.com

色々な参加者、内容の話が聞けて楽しかったし、また各講演に対して質問もたくさん出て勉強になった。 各講演について簡単にですが感想を。

順序数について基本的な定義からやってくれてよかった。 こういう話って人から聞くと入ってきやすい気がする。

  • 数学の定理を物理的に解釈 三島太郎@hdfghgftrr

中高ぐらいで扱う内容を違う切り口で話して面白かった。 物理的な解釈というのは考えたことがなかったし、自分も授業などで使ってみたい。 こちらの本に詳しくあるとのこと。

gihyo.jp

仕事で自然言語処理をやっているということで、それについて基本的な話を聞けた 共起というのが重要らしいことがわかった。

  • 計算論とライスの定理について @λx.x

プログラムに対して決定不能性という概念と、それについてのライスの定理について。 仕事にも役立ったというところも面白かった。(訂正。仕事ではなく、趣味のプログラミングとのことです。) 話の内容には関係ないがmathpowerを見たのがきっかけというのを聞いて嬉しかった。

qiita.com

  • 一昨日arXivにあがった論文について せきゅーん@integers_blog

p進ゼータ値の無理性についての新しい結果。 p進ゼータだと偶数で0になるということも知らなかったが、積公式のようなものはあるんでしょうか。

(勝手に)一緒に勉強していると思ってるinfinity圏の話。 基本的なところがうまくまとまってたけど、15分では話すのが大変そうだった。

speakerdeck.com

半整数ウェイト保型形式を勉強したくなった。 L-valueがわかるというWaldspurgerの定理がすごそうな感じだった。

www.slideshare.net

tsujimotter.hatenablog.com

  • グラフ理論の基礎と確率論的手法について 藤井

グラフ理論での確率的手法を紹介してもらった。確率を使うという考え方が面白く、加法的数論への応用もあるということだった。 タオのブログを参考にしたそう。

The crossing number inequalityterrytao.wordpress.com

楕円曲線の虚数乗法の話。ray類体の具体例。計算するのが好きなのでよかった。

  • 実二次体の類数公式について 中澤俊彦

最近個人的によく話してる話で、類数公式を一般化するという感じのことだった。

  • Chowla-Selberg 公式について 梅崎直也@unaoya

楕円曲線の周期とガンマ関数を結びつけるChowla-Selbergの公式について、Grossによる代数幾何的証明を紹介した。

speakerdeck.com

多重ガンマの話。新谷の多重ガンマはKroneckerの極限公式の別証明のはずで、僕の話とも何らか関係あるかもしれないというのが気になった。

slides.com

事前に一番楽しみにしていたけど、難しかった。でもこういう難しい話が聞けたのでこの会をやってよかった。q類似の話は色々気になっているので、いずれ詳しく話を聞きたい。

github.com

github.com

朝の話の続き。順序数の和、積、べきでどんどん作っていくということをやっていた。\epsilon_0でもまだ小さいというのが面白かった。

Quiverからk代数を作るという話。quiverの表現論と関係あるということだった。 Quiverの表現てたまに話を聞くので、きっと色々面白い例があるんだと思う。

Poisson和公式がなぜあるかということがわかる、読めば感動する証明らしい。

integers.hatenablog.com

  • 周期と Kontsevich-Zagier 予想について @m_river_

周期という数のクラスで積分の変形で二つの違う表示を持つ周期が一致するか判定できるかという話。割と途方も無い問題なように思うけど、こういうのはどう解決するんでしょうかね。

という全17講演でした。

次回に向けての反省点としては、講演時間をもうちょっと考えた方がよいのと、 ツイッターも活用してもよかった(ハッシュタグ告知するとか)。

来年春頃にまた開催したいと思いますので、機会があればご参加ください。

類体論

これから何回かに分けて類体論とそれにまつわる数学的対象について整理していこうと思います。ここでは類体論とはいわゆる大域類体論のことで、この記事ではまず簡単に類体論の主張について紹介します。

より平易な解説としては例えばtsujimotterさんの

tsujimotter.hatenablog.com

をごらんください。この記事での定式化は上のものと少し異なりますが、その比較についても後に簡単に説明します。

準備

類体論の主張を述べるために必要な大域体と局所体、イデールについて簡単に紹介します。

これらの最も簡単な例は以下のものです。

  • 大域体は有理数体Q
  • Qの局所体はp進数体Qpもしくは実数体R
  • QのイデールAQxとは、x=(x2, x3, x5, ...)のようにQの局所体QpとRの元を並べたものの集まり。ただし、各々xpは0でなく、また有限個を除いては既約表示した分子分母にpが現れないもののみを集めます。例えばAQxの元としては(1,1,1,...), (2,2,2,...), (2,3,5,1,1,...)のようなものはいいけど、(2,3,5,7,11,13,...)のようなものはダメ。

大域体

より一般に大域体とは

  • 有理数体もしくはその有限次拡大
  • 有限体上の曲線の関数体

のことを言います。 有理数体Qの他には例えばGauss有理数(という言い方があるかはわかりませんが)a + bi 全体のなす体Q(i)や円分体などがあります。

局所体

大域体には素点というものが定まります。 これは有理数体における素数pのようなものです。 大域体Eとその各素点vに対して、局所体Evが定まります。 E=Qの場合には、EvはQpまたはRのいずれかです。

一般に局所体は

  • p進体Qpもしくはその有限次拡大
  • 実数体Rまたは複素数体C
  • 有限体係数のLaurent級数体

のいずれかです。

イデール

大域体Eとその各素点vに対して局所体Evが定まります。 各Evから一つずつ元をとってまとめたx = (xv)という形の元を考えます。 ただし、各々xvは0ではなく、また有限個の例外を除いてxvの分子分母がvで割れないようなもののみ集めます。 これらを集めたものをEのイデールといい、AExと書きます。

イデールは各成分ごとの積により群になります。

またEの0以外の元全体ExはEの元xを単に並べた(x,x,x,...)とみなすことでAExの部分群になり、これによる商群Ex \AExをイデール類群と呼びます。

大域類体論

類体論は大域体Eのアーベル拡大の様子をイデールを用いて記述する理論のことです。 またそれを通して素数の分解法則や平方剰余の相互法則のような数論的な現象を記述することができます。

GEabはEの最大アーベル拡大EabのGalois群とします。

大域体Eに対し、相互写像

 r_E : E^\times \backslash A_E^\times \to G_E^{ab}

が存在して、以下の性質を満たすというのが類体論の主張です。

関手性

F/Eを大域体の有限次拡大とした時、ノルム写像N:F -> Eが定まり、相互写像はこれについて関手的である。 つまり、Nが定めるN:Fx \AFx -> Ex \AExと拡大から定まる包含写像i:GFab -> GEabについて、

r_E N = i r_F

が成り立ちます。

またE/FがGalois拡大の時、相互写像から定まる写像

 (E^\times \backslash A_E^\times) / N(F^\times \backslash A_F^\times) \to Gal(F/E)

は同型になります。

局所大域整合性

大域体Eの局所体Evの元xに対し、イデールの元yをv成分がxで他が1として定めることができます。 このyを相互写像rEで写した行き先は、vでのFrobenius写像になります。 より精密に、以下で述べる局所相互写像によりyの行き先を記述することができます。

逆にいうとrEはEの各素点vでの局所相互写像rvをまとめたものとして定義することができるというのがこの整合性です。

局所類体論

局所大域整合性を記述するために局所類体論を説明します。

局所体Evの最大アーベル拡大のGalois群をGvabとします。 これに対し、局所相互写像

 r_v:E_v^\times \to G_v^{ab}

が定まり、以下の性質をみたします。

Fw/Evを局所体の有限次拡大とした時、ノルム写像N:Fw -> Evが定まり、相互写像はこれについて関手的。 つまり、Nが定めるN:Fwx -> Evxと拡大から定まる包含写像i:Gw -> Gvについて、

r_v N = i r_w

が成り立ちます。

またFw/EvがGalois拡大の時、相互写像が誘導する

 E_v^\times/NF_w^\times \to Gal(F_w/E_v)

は同型になります。

さらに局所相互写像により、Evの素元とGvabのFrobeniusが対応します。

実際には素元は一意ではなく、またFrobeniusも一意ではないですが、この不定性も対応します。 また、拡大の分岐から定まるGvの部分群とEvxの適切な部分群が対応することもわかります。

相互写像

相互写像という名前について、推測ですが以下のようなことと関係があると思います。

上の定理の主張ではさらっと書かれていますが、重要なポイントは、局所体の相互写像rvを集めてできる大域体の相互写像rEは、イデール類群E^\times \backslash A_E^\timesからの写像であるということです。

例えばEが有理数体Qの場合、有理数xに対しこれを各p進体Qpの元だと思った上で局所相互写像でうつすとrp(x)たちが定まります。 上でいうイデール類群からの写像であるという事実は、このrp(x)をp全体で積を取ると1になるということを意味します。

これが積公式や平方剰余の相互法則といった整数論的な現象と関係してきます。 平たく言えば局所的な情報を集めてくることで大域的な情報が得られるということで、微分と積分を結びつける微積分学の基本定理のようなものかもしれません。

イデアルとイデール

ここでは類体論をイデール類群を用いて定式化しましたが、イデアル類群を用いた形で定式化されることも多く、上で紹介した記事もそのように書かれています。

ここで紹介したものとの関係は、簡単に言うと次のようにイデールとイデアルを対応させることで説明できます。

イデールの元(xv)に対して、イデアル \prod_vp_v^{ord_v(x_v)}を対応させます。ここでordvはxvがvで何回割れるかです。

イデールの定義からこれは実質的には有限積なので、ちゃんとイデールの元にイデアルを対応させることができます。 これにより二つの相互写像の定式化を結びつけることができます。

例えばQのイデールの元xとしてp成分のみpで他が1の元を考えると、イデアルとしては素イデアルpに対応します。 局所大域整合性から、rQ(x)はpでのFrobeniusに移ります。 つまりイデアルを用いた相互写像の定式化では、素イデアルpが相互写像によりpでのFrobeniusにうつるということになります。

また局所類体論での分岐の記述により、modulus付きのイデアル類群とray類体についての相互写像も理解できます。

次回予告

次回は、局所類体論の主張とその証明の方針ついて解説していきます。