pi

円周率

Bessel関数の関係式

こちらは以下の日曜数学Advent Calendar 2018の13日目の記事です。昨日はSeiichi Manyamaさんの仕事の部屋: 181212でした。

adventar.org

この記事では、最近勉強しているBessel関数と表現論の関係についてBaruchとMaoの論文*1に沿って紹介します。

まずはじめに導入として微分方程式とLie群の表現論がどのように関係するかについて、ごく簡単な具体例を通して説明します。その後Bessel関数とSL(2,R)やPGL(2,R)の表現との関係を説明し、Bessel関数の関係式を通した表現の間の関係について説明します。

このような機会をくださったtsujimotterさんに感謝します。

Lie群の表現と微分作用素

簡単なLie群としてG = SO(2) = S1の場合を考えましょう。 SO(2)は二次元の回転を表す行列全体のなす群で、局所的な座標として角度 θ を取ることができ、またこれは多様体としては円周です。

この場合、Lie環は微分作用素X=d/dθを基底とする一次元空間です。このXはG上の関数 f に微分として

Xf(θ) = df(t+θ)/dt|t=0 = f'(θ)

のように作用します。

このXについての固有関数を求めましょう。つまりXf = kfとなる関数です。 Xf = f' = kfを満たす関数は指数関数 exp(kθ) であり、これが円周上の関数を定めることからその固有値 k は 2πi の整数倍になります。これを fn と書きましょう。つまり

fn(θ)=exp(2πinθ)

です。

これはG上の関数ですが、この関数がGの平行移動により一次元表現を定めます。実はGの既約表現はこのような一次元表現に限り、また固有空間も一次元であることがわかります。 このことを用いて、指数関数の加法定理を導いてみましょう。 fnとfmの積を考え、それにXを作用させます。 Xの作用はLeibnitzルールを満たすので、次のように計算できます。

X(fnfm)=(Xfn)fm+fn(Xfm)=2πinfnfm+2πimfnfm=2πi(n+m)fnfm

したがって、fnfmはXについて固有値2πi(n+m)の固有関数であることがわかり、上で述べた固有空間が一次元であることから初期値に関する条件を加味してfnfm=fn+mであることがわかります。

つまり

exp(2πin)exp(2πim) = exp(2πi(n+m))

であり、これはまさに指数関数の加法定理です。

この例では指数関数(あるいは三角関数)という特別な関数について、その微分作用素の固有関数として表現論と結びつけ、加法定理のという関数の性質を表現論を通して解釈するということをしました。

より一般の群に対しても、ある種の微分方程式の解となる関数について、その性質を表現論的な性質と結びつけて理解することができます。そのような関数の例としては特殊関数として親しまれている超幾何関数や球面調和関数などがあり、この記事で紹介するBessel関数もそのような表現論と結びつく関数の例です。

Bessel関数

Bessel関数とは、以下のBessel方程式の解である関数です。

 {\displaystyle
\frac{d^2}{dx^2}y+\frac{1}{x}\frac{d}{dx}y+(1-\frac{a^2}{x^2})y=0
}

この微分方程式は例えば三次元のLaplacianを円柱座標系に変換し、その動径方向の方程式として現れるもので、応用上も重要な関数として様々な性質が調べられているものです。

このBessel関数のFourier変換について、次のようなWeberとHardyによる結果があります。

x-1/2Jk(4πx1/2)のFourier変換はx-1/2Jk/2(π/x)に適当に指数関数を掛けたもの

さて、上で指数関数がSO(2)の表現と結びついたように、このBessel関数はSL(2,R)やGL(2,R)の表現と結びつけることができます。このことについては以下で順に説明していきます。

特に、上のWeberとHardyの結果で現れたBessel関数については、一方のBessel関数がPGL(2,R)の表現と結びつき、他方がSL(2,R)の二重被覆の表現と結びつくことがわかります。

したがって、このWeber-Hardyの関係式からPGL(2,R)の表現とSL(2,R)の二重被覆の表現との間の対応が記述できます。このことを紹介するのがこの記事の目的です。

Bessel関数とBessel超関数

以下ではG=PGL(2,R)とし、SをSL(2,R)の二重被覆とします。

Gの表現πに対してBessel超関数と呼ばれるG上の超関数 Iπ を定義するのですが、これはWhittakerモデルなどを用いて定義するもので、まだあまりきちんと理解していないのでここではどのような性質を満たすのかを紹介するにとどめます。Sの表現σに対しても同様にS上の超関数 Jσを定めます。

まず Iπ はG上の超関数なので、G上の関数 f に対して複素数 I(f) を与える線形写像です。群GがG上の関数空間に作用することから、超関数にも作用します。この作用について Iπはいくつかのよい性質を満たしますが、特に

IπはCasimir元という特別な微分作用素に対する固有超関数

になります。

Bessel関数とBessel超関数の関係を述べるために軌道積分というものを用います。軌道積分については詳しくは紹介しませんが、与えられた関数 f や f' をGやSのある部分群で積分したもので、これをOfのように表します。この軌道積分は表現には一切依存せず、これ自体も群G上の関数になります。Bessel関数とBessel超関数の関係を軌道積分を用いて

{\displaystyle I_\pi(f) = \int O_f(x) i_\pi(x) dx}

のように表すことができます。ここで現れた関数 iπがBessel関数です。このBessel関数自体はG上の関数です。

Bessel超関数 IπがCasimir元の固有超関数になるという性質を具体的な微分作用素の言葉で書くことで、Bessel方程式が現れます。SL(2,R)のLie環はH, X, Yという三つの元で生成され、Casimir元はこれらを組み合わせて定まる微分作用素です。今回のBessel関数のような対角行列上の関数にはHの作用がおおよそ微分に対応するものです。

つまり、Bessel超関数が固有超関数であることと、Bessel関数がBessel超関数を表現するということから、

Bessel関数 iπがBessel方程式を満たし、古典的なBessel関数とこの表現論的なBessel関数が一致する

ことがわかります。Bessel方程式のaの部分が、表現に依存する部分です。古典的なBessel関数は一変数関数でしたが、上の iπ をGの対角行列(SLやPGLでは一次元です)上の関数とみなすことで古典的なものが現れます。

Bessel関数の関係式

はじめに紹介した古典的なBessel関数のWeberとHardyによる関係式を表現論で解釈することができます。

Gの表現πやSの表現σはそれぞれあるパラメータs, tで分類されます。これは始めに紹介したSO(2)の表現が整数nで記述できたのと同様です。このパラメータsやtは例えばCasimir作用素の固有値などに関係するものです。SO(2)の場合と違って、パラメータは整数以外の値も取り、また表現は無限次元になります。

上で述べたように、Gの表現πsに対してそのBessel超関数 Iπ とBessel関数 iπ が、またSの表現σtに対してそのBessel超関数 Jσ とBessel関数 jσ がそれぞれ定まります。

この二種類のBessel関数は、

表現πとσのパラメータsとtを適切に決めることで上のWeber-Hardyの関係に現れるBessel関数になり、このことからBessel関数 iπ と jσ の関係式を証明する

ことができます。

Bessel超関数の関係式

さらに、これらのBessel関数が定めるBessel超関数についても対応があるというのが、この論文の主定理です。超関数はそれぞれG上の関数 f に対して複素数値 I(f) を、S上の関数 f' に対して複素数値 J(f') を与えるものです。これらの異なる定義域を持つ超関数の関係をいうために、G上の関数とS上の関数の対応を決めなければなりません。

前にBessel関数とBessel超関数の関係を記述するために、軌道積分を用いました。ここでも二つの異なる群上の関数を対応づけるため、軌道積分を用います。

G上の関数 f とS上の関数 f' が対応するとは、f のある軌道積分O(f)と f' のある軌道積分O(f')が適切な関係式を満たすこと

Bessel超関数はBessel関数と軌道積分を用いて書くことができました。このこととBessel関数の関係式を組み合わせることで、この記事の主定理を証明することができます。

定理*2

G上の関数fとS上の関数f'が上の軌道積分の意味で対応する関数であり、Gの表現πとSの表現σが前に与えたパラメータの意味で対応する表現とする。このとき、これらのBessel超関数の間に次のような関係式が存在する。

{ \displaystyle
I_{\pi, \psi}(f) = \frac{\epsilon(\pi, 1/2, \psi)\lvert 2D\rvert^{1/2}}{L(\pi, 1/2)}J_{\sigma,\psi^D}(f)
}

おわりに

この記事ではPGL(2,R)の表現 π のBessel超関数 IπとSL(2,R)の二重被覆の表現 σ のBessel超関数 Jσ の関係を紹介しました。ところで、保型形式からこれらの群の表現が定めることができます。そこで、この記事で紹介した超関数の関係を応用してPGL(2,R)の保型形式(普通の上半平面の保型形式)とSL(2,R)の二重被覆の保型形式(半整数ウェイトの保型形式)についてのある関係を導くことができます。それについてご紹介するのが来週20日の日曜数学Advent Calenderの記事です。お楽しみに。

unaoya-pi.hatenablog.com

*1:E. M. Baruch and Z. Mao. Bessel identities in the Waldspurger correspondence over the real numbers. Israel J. Math., 145:1–81, 2005.

*2:Theorem 19.4