はじめに
こちらは数学カフェ Advent Calendar 2017 - Adventarの15日目の記事です。
数学カフェで関数解析について勉強したので、以前から気になっていたSelberg trace formulaについて少し書いてみます。また2月には数学カフェで微分幾何の回があるということで、この記事ではそれとの関係も少し書きました。
この記事は以下の文献を参考にしています。
[math/0407288] Selberg's trace formula: an introduction
Selberg trace formulaとは
Selberg trace formulaとは、複素上半平面における以下の公式のことです。
Laplacianの固有値に関する無限和 = 測地線の長さに関する無限和
より詳しく状況を見ていきましょう。
双曲計量
複素上半平面 H には通常の平面のものとは違う特別な長さの測り方を定めることができます。これを双曲計量といいます。この双曲計量を用いて直線の一般化である測地線を定義することができます。
上半平面 H には一次分数変換として SL(2,R) の作用が定まりますが、上の双曲計量で測るとこの変換は二点間の距離を変えないものになっています。
これについてはmatsumoringさんの
や、tsujimotterさんの
「基本領域ゲーム」を作った - tsujimotterのノートブック
が参考になりますので、そちらをごらんください。
右辺
例えばSL(2,Z)のような SL(2,R) の離散部分群 Γ を考えます。Γ の元 γ の長さ l(γ) を上半平面 H の点 z と γz の距離の z をすべて考えた中での最小値として定義できます。
この長さ l(γ) たちをすべての Γ の元について和をとったものが公式の右辺です。
左辺
上半平面 H 上の関数に対する微分作用素として、上の SL(2,R) の変換と整合的な微分作用素 Laplacian Δ を定めることができ、また上半平面 H 上の測度 dμ も定めることができます。
これを用いて上半平面 H 上の Γ 不変な関数のなす関数空間 L2(Γ\H) を定義し、Laplacian Δ をこの関数空間への線形作用素として定めることができます。
この作用素の固有値について和をとったものが公式の左辺です。
改めて公式
今回は離散部分群 Γ については以下の条件を仮定します。
- 上半平面の商 Γ\H がコンパクトであること
上で離散部分群の例として SL(2,Z) を紹介しましたが、残念ながらこれは上の条件を満たしません。Selbergは SL(2,Z) など上の条件を満たさない場合にも公式を証明しましたが、複雑になるので今回の記事では扱いません。
実際の公式では、複素平面上の適切な関数 h ごとに等式が得られます。
改めてtrace formulaの両辺を書いてみましょう。まず上の条件を満たすように SL(2,R) の離散部分群 Γ と複素平面上の関数 h を決め、gを h のFourier変換とします。これに対し、
L^2(Γ\H) のLaplacian Δ の固有値の h に関する無限和 = Γ の元 γ ごとに定まる測地線の長さの g に関する無限和
という形の公式がSelberg trace formulaです。
この記事の残りでは、公式の証明の方針を紹介します。一言で言えば、
Γ\H 上の関数 K(z,w) を定義し、K(z,z) の Γ\H での積分を二通りの方法で計算する
ことで左辺と右辺を記述でき、それらが等しいと証明できます。
証明の方針
ではSelberg trace formulaの証明の方針を説明していきます。
まず H の点 z, w と実数 λ についての関数として、Green関数 G(z,w,λ) を用意します。 これは(z,w)についてはその間の距離 d にしか依存せず、dについての関数と見たときにLegendreの微分方程式の解になるものです。このGreen関数は Δ のレゾルベント (Δ + λ)^{-1} の積分核になります。
これを用いて H 上の二変数関数 k(z,w) を
により定義し、さらに K(z, w) を
と定義します。K(z,w) は γ について和をとっているので Γ 不変になり、Γ\H 上の関数を定めます。*1
固有値側
定理の左辺である Δ の固有値の無限和がどのように現れるかを見ていきましょう。
L2(Γ\H)は Δ の固有関数からなる直交基底φ1, φ2, ... を持ちます。
φiの固有値をρiと書くことにしましょう。
h を用いて定まる L2(Γ\H) 上の作用素 L を
と定めます。つまり K を積分核とする積分作用素です。ここで K の定義に h を用いているので、L も h に依存しています。
Green関数とLaplacianの関係を考えながら頑張って計算すると、
となることが示せます。
このことからK(z,w)をzについて固有関数展開すると、
となることが関数解析の一般論からわかります。
この式でw=zとし、Γ\H 上 dμ で積分すると h(ρ_i) の i に関する和が得られます。
つまり
が成り立ちます。これが固有値側の無限和です。
測地線側
次に跡公式の右辺である測地線に関する無限和を見てみましょう。
K(z, w) = Σγ k(γz, w)の積分をγ=1の部分とそれ以外の部分に分けて計算します。
まずγ=1ではk(z,z)の積分を具体的に計算することで
となります。
次にγが1以外のk(γz, w)の積分を計算します。
Γ をその共役類に分解し、Cを1以外のΓの共役類の代表元の集合とし、Cpを特に素元、つまり他の元のベキで書けないものたちとすると、
となります。ここでZγ={γn}は γ と可換な Γ の元全体、つまり中心化群です。
となることを使って、K(z,z) - k(z,z) の積分を計算すると
となります。
g が h のFourier変換であることを使うと
と計算できるので*2、これを使うと
となります。
まとめ
以上の計算をまとめると、
これが今回の設定でのSelberg trace formulaの証明の方針です。
今回はΓ\Hがコンパクトな場合のみ扱いましたが、上で述べたように Γ=SL(2,Z) などはその条件を満たしません。 Selbergはそのようなケースでもtrace formulaを証明しており、保型形式等の研究に多くの応用があります。
いずれそれらについても書きます。